1965年ミツバ貿易株式会社が創立された時にミツバ貿易を形成する営業3部門の一つとして医薬品部も産声を上げ、一般的な医薬品原料を取り扱う普通の商社として出発をした。
1969年よりそれまで休眠状態にあった坐剤基剤ウイテプゾールの正式代理店権取得を契機に本品の拡販に着手した。小児への解熱用注射剤による大腿四頭筋短縮症の副作用により坐剤がクローズアップされたのを機に爆発的に日本での需要が増え、当時他社で基剤を供給できる会社が無かった事も幸いし現在の医薬品部の柱の一つとなる。
原料供給のソースを外国に依存する貿易会社として、調査網の確立に傾注した結果他社に容易に後続を許すことなく、独自のノウハウを確立する事ができた。その結果中国での閉経期女性尿の収集を可能にしそこで製造される粗原料を輸入、製薬研究所でのHMG(不妊症治療薬)原料の抽出精製に成功する事が出来た。
この製薬研究所は、医薬品原薬の輸入のみに頼るのでなく生産部門を確立する事により、医薬品部の安定化に寄与し、新たなペプチド原薬輸入許可取得にも大いに役立っている。
今後研究所の持つ技術力と、品質管理を役立てて営業と研究所が一体となってさらに製薬会社との連携を深め、新製品の開発に努力をしていくと同時に、医薬品原料に限らない世界の広がりに無限の魅力と夢を部員一同が持ち、その実現に胸を膨らませている。